御代田の家を訪ねて:現代の方丈庵

 
長野県の御代田町は軽井沢と小諸の間,浅間山から佐久平へと続くなだらかな南向きの斜面に位置しています。敷地は畑とその農家の建物と,少しの別荘に囲まれている景色のよい場所です。そこにぽつんと,周囲のどの建物とも異なるけれども周囲のどの建物よりも元からそこにあったように,御代田の家はありました。実際に御代田駅から車で現地へ行くまでに,「あ,あれじゃないの?」と1kmほど手前で気づくほど。
 
よい景観を作るには,一般的に建物は周りと合わせて主張しないほうがいいと思われますが,本来よい景観とはそんな消極的なものではなくて,積極的に作り出していくものなのかもしれません。周りと合わせるとか控えめにするとか,そんな横をみる発想ではなくて,その土地の木と土と地形と職人さんでできるものを設計するという縦の発想でしょうか。
 
未舗装の農道を上がって到着すると,写真や遠目で見ていたより小さな家(なんせ内部は梁下で1800らしい)。実際の寸法や規模よりも,体験や見た目といった感じ方で広さを感じさせています。
 
建設から1年半が経過して外壁の杉板は経年変化し,いい味を出し始めていました。杉の赤みは意外とつよくて,写真のrawデータの現像に四苦八苦するほど。記憶の中ではもっと自然と一体化していた気もするけど,画面でみると結構主張してくるかもしれない。塗装はもちろんしていないらしい。あっけらかんとした硬質な空と,それを受ける屋根,そして杉の外壁と柔らかい地面がグラデーションをなしています。
 
家主さんは今日は不在でしたので,外観だけぐるっと見ました。西側の裏口に飛び出ている丸太の梁と,そこに留まっているフクロウの彫刻がにくい。魔除け,だそうです。浅間山と蓼科山を望めるというだけで気持ちよいですが,そんな過酷な自然環境に住むための温熱環境は必要にして十分。「そよかぜ」システムのおかげもあって,郵便受けからも暖気が漏れ出る。外は冬型の気圧配置がきまって零度以下なので羨ましい。今度は中も見てみたい。むしろ住んでみたい。
 
西側からみると,地形がそのまま屋根の形になっているのがわかります。斜面にそって滑りそうなボリュームを北側のカーポートの屋根が引き留めている感覚。
 
この建築は永住別荘として設計されました。本来永住したら別荘ではないし,たまに来るだけでは永住とはいえない。永住別荘とはそのまま読めば語義矛盾かもしれませんが,永住=肉体が滅びるまで住む,別荘=仮の宿とでも解釈すればよいでしょう。鴨長明さんも「仮の宿り、誰がためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。」と書いていたように,住居の華美さや広さを競うのではなく,修行や執筆のような生産的なレジャーに集中できるような草庵を愛すのもいいかもしれません。
 
御代田の家は,現代の方丈庵と考えてもいいかもしれません。
 
 (安田渓 2015.12.27)